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”しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。”
コリント人への手紙第一1章23節

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「この世の有様は過ぎ去るからです。」(新約聖書コリント人への手紙第一7章31節)

 こんな話を聞いたことがあります。

 ある王様が賢者を呼び寄せて、こんな注文をしました。「喜ぶ者を悲しませ、悲しむ者を喜ばせる、そんな力を持つ指輪があると聞いた。それを捜してここに持って来なさい。」
 賢者は国中をくまなく捜し回りますが、誰に聞いてもそんなものは見つかりません。あきらめかけたその時、古ぼけた店先で、ある言葉が刻まれたひとつの指輪を見つけます。「これだ!」彼はそれを王様のもとへと持ち帰ったのでした。
 大勢の人を招き、贅を尽くした響宴でその指輪を手にした王は、それを読むなり泣き出しました。そして、その悲しみにあふれた目と心で、もう一度指輪の文字を読むと、再び王の顔には優しい微笑みが浮かんだのでした。

 その指輪には何と書かれていたのでしょう。そこには、"This, too, shall pass"、「これもまた、過ぎ行くもの」と記されていたのでした。どんなにこの地上で富み栄え、力や若さを誇る者も、それがやがて消えていくことを聞けば、はかない喜びに惑わされることはなくなるでしょう。しかし、また、この地上の苦しみ、悲しみに憂いている人も、その悲しみが永遠でないことを知れば、喜びを味わうことができるようになる、そう指輪は示していたのです。

 冒頭の聖書のみことばは、私たちが永遠だと思っていることが、実はそうではないことを教えてくれています。私たちがどれだけ若さや力を楽しんでいても、この地上の生涯は永遠ではないのです。富も、権力も、この世の有様はいつか過ぎ去っていきます。
 では、永遠に続くものはどこにあるのでしょうか。どうすれば永遠を手にする事ができるのでしょうか。聖書は教えています。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(新約聖書ヨハネの福音書3章16節)

 私たちの心にある罪のために、永遠を失ってしまった私たち。しかし、そんな人間を神様は愛してくださって、イエス様を私たちの身代わりに十字架にかからせて、その罪をすべて処分してくださいました。これを信じる人に神様は、完全で、永遠に効力のある罪のゆるしと、永遠のいのちを与えてくださるのです。

 ええ、その悲しみも、悩みも、永遠に続くものではありません。この世の有様は過ぎ去ります。イエス様を信じるならば、神様がその後に、永遠に消えることのない喜びをあなたに用意してくださいます。

 どうぞ、礼拝に来てみてください。礼拝では、聖書が読まれ、聖書からあなたへのメッセージが届けられます。何も知らなくてよいのです。持ち物も要りませんし、いつもの格好のままで来てくださればよいのです。どうか遠慮しないで、いつものあなたでいらしてください。教会は心から喜んであなたをお迎えいたします。†

《一麦教会 牧師》

集会案内

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    聖日礼拝 AM10:00
    教会学校 AM8:45
    中高科クラス AM9:00
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    壮年会
  • 第4日曜日 午後
    青年会
  • 毎週水曜日
    祈祷会 PM7:00
  • 毎週金曜日
    アンデレ集会(聖書の学び) AM10:00(休止中)
  • 第2火曜日
    婦人会 AM10:00
  • 第4火曜日
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  • 手話の勉強会
    毎週月曜日 AM10:00
  • ハンドベル
    毎週木曜日 AM10:00

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