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”しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。”
コリント人への手紙第一1章23節

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バイブルメッセージ ・・8月

「それゆえ、私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。」(旧約聖書 詩篇90篇12節)

先日、飛行機の中で素敵な映画を観ました。

裏表ない性格ゆえに争いが絶えない、裕福な一人の老婦人。しかし、あることを通して、自分の残された日が限られていることに気づきます。そして彼女は、一人の新聞記者をつかまえ、自分の死亡記事の下書きを書かせるのでした。(もちろん良い印象を与えるものを!)このことを通して、物語は思わぬ方向へと動いていきます。

冒頭の聖書の箇所は、私たちがこの老婦人よろしく、自分の生涯の日を夢物語のように数えるのではなく、現実のものとして見るようにと教えています。

今、私たちが過ごしている、この夏。まさか、あと1回、2回しか残されているわけではないでしょうが、300回、400回と続くものではないのです。

あと何回、私たちは夏を迎えることでしょう。あと何回家族とすいかを味わい、花火に微笑むのでしょう。自分の日、自分の夏はあと何回なのでしょう。300、400ではないのだと、私たちは正しく数えられているでしょうか。

こんなこと、考えずにいたいのに。見ずに過ごしたいのに。どうして聖書はこんなことを私たちに告げるのでしょう。それは、私たちが自分の日を正しく数えると、2つのことに気づくことができるからです。

ひとつは、永遠のいのちの価値です。

「それは御子(キリスト)を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネの福音書3章16節)

ひと吹きの風で消えてしまう霧のよう、そんな風に自分のことを思う日があったとしても、神様はあなたに、キリストによる罪のゆるしを信じること通して、永遠のいのちを与えてくださるのです。

そして、私たちが気づくもうひとつのことは、限られている時間の価値、です。

望んだって、望まなくったって、私たちがこの地上で過ごす時間には確かに限りがあります。それは、あなたがこの地上で愛を示すことのできる時間は、チャンスは限られている、ということなのです。機会のあるごとに、人々に愛を示していこうではありませんか。和解しよう、許してあげようではありませんか。もう遅い、と嘆く日が来る前に。

冒頭の老婦人は、映画の後半、その存在の中にある豊かな愛を、友人となった2人の女性に注いでいきます。それは悲しいほどに美しく、清らかな姿でした。

あなたも礼拝に来てみませんか。何も知らなくっていいのです。持ち物だっていりません。来て、聖書を通して出会うキリストの姿を見つめましょう。それが、あなたにこの地上の生涯で、どのように生きるべきかを教えてくれるのですから。†

《一麦教会 牧師》

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